ねぇ、知ってる？　あの噂。　あの事件って本当はね……。

…来ているのはお前だけか、ホラント。
やはりまだ単なる噂としか思われていないようだな。
ううむ。

[懐から、純銀の鍵巻き式懐中時計を取り出す。]

時は金なり。
先代からそのように言い聞かせられた分、気になってしまうものなのかもしれんな。

…暫し待つか。
隅の席で書類に目を通す。誰か来たら伝えてくれたまえ。

こんばんは、村長様。
新しく赴任してまいりました神父でございますよ。

[胸に下げたクルスの中心部に時計が埋め込まれている。よく見ると12時が下に、6時が上になっている。胸に下げた状態で覗きこむのなら、この方が自然なのであろう]

どうぞ、よろしくお願いいたします。

おや、神父様。これはこれは。
おかけになってお待ち下さいませ。
遅いな…。やはりこれも時間泥棒の影響か？

おはようございます、村長様。
時間泥棒というのは、何のことでしょうか。

時間泥棒のことはまだ知らなかったのかね、神父様。
その名の通り、時間を盗んでいく泥棒だ。
時間を盗まれた村や町はただ同じ時間を繰り返すだけ。
次第にそれを疑問に思わなくなっていくのだよ。

どうも時間泥棒の被害に遭ったと思しき村が増えてきているようでな。この村にも忍び込んでいる可能性が高い。
故に対策を…というわけだ。

こんばんは村長と神父さん
[懐から銀色の懐中時計を取り出して時間を確認する。]

こんな時間なのに人は少ないんだな
いや、こんな時間だからかな？

やあ失礼するよ、まったく忙しいというのに、さらに忙しい事件が起きてしまって私としては迷惑極まります

[いかにも忙しげに袖を捲ると腕時計がついていて。シルバーの針がカチカチと寸分の狂いもなく時を刻んでいた。]

ああ、私の予定は昨日までは一分一秒の狂いもなく、いつもならば１時間23分前には家に帰り、56分前には晩酌をしながらテレビを、今頃はお風呂に入っていたのに――

[はっと、気づいたように時計から顔をあげる]

ああ、皆様。よろしくお願いします。

おや、羊飼い君とお役人様かい。
お疲れ様。
…私以上に細かいスケジュールだね、お役人様は。

おや、役人さんもいらっしゃったようですね
ずいぶんとお忙しい様子・・・
好き勝手な生活を送る自分には想像も出来ない世界に生きてるようですね
たまには何も決めずに生活するのも良いと思いますよ？

[懐中時計を手の中で弄りながら呆けている]

と、すみません、挨拶を忘れていました
どうぞ宜しくお願いします

村長さん、こちらこそよろしくお願いします
ええ、私は予定に忠実な人間でしてね
朝は6時に起床、10分で服を着替え12分には歯を磨き、15分から朝食の時間、新聞を読むのに45分間、そして役場まで通うのに歩いて丁度21分、そして――

[はっと気づいたように]

ああ、申し訳ありません、つまり、このように詳細に行動を決めているのですよ。私は
村長さんもいかがですか？充実した毎日が送れますよ

アルベリヒさん、こちらこそ
残念ながら私は貴方のようにのんびりは出来ないタチでしてね

[ふっと笑う。どこか自嘲したように]

まあ今の仕事が無くなったら貴方のような生活も考えてみましょう

ほ、ほう…それはまた精密だな。
…そうだな。考えておこう。
しかし書類がなかなか片付かぬなぁ。

溜めておいた心算は全くないのだが。